色んな沼にはまったオタク日記

ジャニーズにサッカー、アイドルに漫画にゲームにアニメに服に。色んな沼にはまったゆるオタ。

誰かに笑われた夢を今もここで見続けてます

U R Not alone/NEWS

 

ジャニーズみたいになりたかった。


顔じゃないよ、そこは諦めてる。
あんなふうに人を楽しませることができるエンターテイナーになりたかった。
大学生の頃、米村くんにも伝えたことがあったよ。米村くんの歌に感動させてもらったみ
たいに、俺も誰かを感動させられる人になりたいって。


だから、子どもの頃からサッカー選手になりたかった。


人生で初めて憧れた人は中村俊輔で、コロコロコミック載っていた自伝漫画を読んだのが
きっかけ。俺が小学二年生の頃の秋口に、前編後編に分けて連載されてたやつ。
後編のマリノスに入った後に、「俺はJリーガーとしてマリノスに戻って来た」みたいな
見開きがあったのを覚えてる。


それまで遊びでしかなかったサッカーを、チームに入って一生懸命練習して、プロになる
んだと信じて疑ってなかった。
小学生の頃はAチームで公式戦に最初に出たのも俺だったし、先輩を差し置いてスタメンで試合にも出してもらってたし。結局、市の選抜で止まってしまって、それも中学の時に落ちて天狗の
鼻が折れるんだけどね。
でも、そういう悔しいことがあったから頑張れて、高校でまた選抜に入ることができて、
今もサッカーから離れられないくらい夢中になっている。


小学校の後輩が「~くんがフォワードやってるから俺もフォワードしたい!」ってね。彼
は九州選抜まで行きました。僕はフォワードからディフェンダーにコンバートされました


プロじゃなくても、多くはなくても、見てくれている人がいる。プロになれなかったけど
、今でもサッカーは出来る。そしてサッカーって最高に楽しい。
だから俺はまだ、ボールを蹴っている。


同じことだ。


小5の春だった。姉ちゃんが持っていた青い鳥文庫のパスワードシリーズを借りて読んで
、本の面白さにハマった。学校帰りも歩きながら読んでてよく怒られたね、二宮尊徳かよ
って。


あの感動を誰かに与えたくて、上手く表現したくて、言葉に出来ない感情を言葉で表現し
たくて、だから俺も小説を書き始めた。俺が持っている感情を誰かに伝えたくて、そしてそれで何かを伝えられたなら、ポジティ
ブな影響を与えられたなら、それって最高だなって。


でもさ、夢を追いかけるのってしんどいわけよ。


社会人になって一年半、サッカーをやめていた。それまでは福岡市リーグに入っていたん
だけど、チームの雰囲気が悪過ぎて。

もっと言えば、競技者としてのサッカーは高校までしかできてなかったよね。サークルとか、入ってた社会人チームとか、「楽しければそれで良し」なところだったから。練習も殆どゲームばかりで、自分を追い込むようなことはなかった。
それはそれで楽しいけど、人生を
浪費してる感じがすごかった。

 

大学生になって三年間、小説を書かなくなった。正確には、大学受験をしていた一年も含
めるとほぼ四年。
たまに2ちゃんにSS投下したりはしていたけど、それは決して小説家を目指していたわけ
ではなかった。ただの趣味で、何かを目指したり、魂を燃やしたりはしていなかった。


大人になると、夢を語ることができない理由を作りやすい。
可能性がなくなっていくから、年齢が厳しい、仕事で手いっぱい、楽しいことはいっぱいあるから。


俺の場合、恥ずかしかったから。
大学生にもなって、小説家になりたいとか。笑える。
県トレにも入れなかった癖にサッカー選手になりたいとか。無理でしょ。


自分で難しいって分かっていた。だから口に出せなかった。
夢に向かって頑張ることを否定はしないけど、傷つきたくもなかった。

 

死んだように生きてた。

レイジ アゲインスト ザ マシーン

そういうこと。

 

大学生の時にたまたま知り合った子が漫画家志望で、そこを目指してフリーターしながら漫画を書いてた。

 

たぶん他にもそういう人っていっぱいいるんだろうけど、俺の周りにはいなかったからね。

本気でなりたいものがあって、そこを目指して頑張り続けることって難しいから。

 

ちはやふるで「悔しさは長続きしない」って名シーンが太一にあるけど、それと一緒で憧れを持ち続けるのも難しい。

それでも目指し続けられるのって凄いよな、と。

 

憧れたわ、本当に。

表舞台に立つ人たちって既に努力が結果になった後だから捻くれ者の俺は「結局成功した人だから言えるんでしょ」って思うけど、そうじゃなくてもこういう人もいるんだ、って。

 

これまでも、今も、これからも、たぶんずっと尊敬してる。

 

だからまた書き始めた。小説を。

時間はかかったけど、サッカーを再開した。

 

立ち止まっていたってそこで終わりじゃないからフルスイングした。

 

そしたら一つ、夢が叶った。

 

本が出ます。出るって言っても短編集に一作載るだけなんだけど。

 

子どもの頃に描いた『本屋さんに置かれる本を書く』っていう夢が、26になっても書き続けてたら叶ったよ。

 

そしたらまた大きい夢が見える。

自分だけの本を出す、シゲアキと対談する、映像化したらBURNOUT SYNDROMESに主題歌を歌ってもらう。

 

誰かに笑われた夢を見続けてたら、描き続けたら、叶うまで続けたら叶うんだよね。

 

何か1つ叶ったら、また少し大きな目標が近づいてくるから。

目標とか夢とか好きなものとか、何かを追いかけて魂を燃やして生きていきたい。

 

楽しいことをしたいけど、同じくらい一生懸命生きたい。

 

だからこれからも魂燃やしていきます。

 

埃まみれの夢のカケラがポケットの中から落ちた

それは小さく でもまだ僕を信じて

こんなに光ってる

忘れていたんだ 本当にごめんよ

慌てて僕は飛び出した

 

今年を要約すると本当にこんな感じっすわ。。

 

いやまぁ、良いこともそうでないことも色々あったけど、体重はあんまり落ちなかったけど、でもよかったね。。

 

サッカー楽しすぎるわ。。

いや本当にボール蹴るのって楽しい。。

技術的に上手くなるのはもうきつい歳だけど、まだ走れば体力はつけられるし、気持ちを出すこともできる。。

 

学生時代に敵わなかったやつらと試合しても、上手くはなくても、気持ち大事だからね、気持ち。。

相手に「こいつ嫌だな」って思われる選手でありたい。

忘年会してたときに、高校の時に負けたチームのやつが「〇〇のディフェンス嫌やったって相手チームのやつと後で知り合って言ってたよ」とのお言葉を頂戴したんですが、コーチ(今のチームメイト)にも「いや本当に、求めてるのはそういうところよ。上手さはなくても相手に嫌がられるのが欲しい」と煽りながら言われました。。

来年は同じチームにJFL(jリーグの一個下、アマチュアの最高峰)を引退したやつが来るかもで、そいつは同じポジションだしますます俺の存在意義とはってなるかもだけど、相手が誰でも負けない気持はもちたい、、、ね!

数年前までJリーガーだったやつらとも来年はリーグで当たるからね!

楽しみすぎるわ!!

 

そんで昨日は高校サッカー部+助っ人でフットサルの大会へ。

ガチ組とゆるっとしてるのが半々くらいの大会。俺らはガチ寄り。

 

予選2試合で2勝して上位リーグへ。

ちなみに予選は4-2と1-0で、俺は1ゴール1アシスト。

二試合目を完封できたのは割と会心かな、助っ人で来てくれたゴレイロ(キーパー)に「あいつ技術ないのに気持ちで守れてるの凄いわwww」って言われてたらしい。気持ちよ気持ち。。

 

準決勝は3-0で勝ち。

試合中に相手に「予選点取られてるんですか?守備固すぎでしょ」って話しかけられたけど、100でゴレイロのおかげだわ、、、

 

決勝は1-1のPK戦負け。

まあPKは運だししゃーなし。むしろ先制したのに失点したのが酷かった。俺もプレッシャーかけに行けてなかったし。。

 

負けるとどんな試合でも悔しいし、そういう悔しさがあるからまた頑張ろうと思えるなぁ、と。

この悔しさと、今年はチームの戦力になれなかった悔しさと、色んな悔しさを糧に来年の自分に期待します。。

 

そんな感じ。。

ジャニオタあんまりできてなかったけど、サマパラも横アリもえびも自チケ良席でよかった!

トラジャはオリジナルに外れがなくて本当にいいわ、、、良い歌しか貰ってないね、、、

 

ではではまた新年!

良いお年を~!

2018年的サッカー事情

今日で年内の活動が終了しました。。

試合は前半1-1、後半2-3でトータル3-4の逆転負け。

俺は前半だけ出てたんだけど、そもそもセンターバックで前半しか出られてないのが恥。。

 

今日の忘年会でも高校の時のコーチ(今のチームメイト)から「こいつ昔はもっと使えた」って言われたのが悔しすぎるから、今まで週四でボール触ってたのをできるだけ毎日に増やします。。

 

今日の課題はポジショニング。

ていうか、周りへの指示だね。

俺が余りたい気持ちが強すぎて周りを前に出し切らなかった。

もっとサイドの選手をうまく使えないとダメだわ。ていうか、昔は使えてたのがダメになってる。

 

まあその辺は自分のサッカーノートに記します。

 

忘年会、楽しかった。

社会人になってまで、趣味のサッカーにこんなに深く話せる環境になると思ってなかったから。

りなさんとか姉ちゃんと、現場終わりに話してるのに近い感じ。。

 

楽しいね、本当に楽しい。

来年はもっと力になりたいし、昔はもっと使えたって言われないように、今の自分の力が史上最高になれるようにしたい。。

日本代表になりたいとかプロになりたいとかって言う年じゃないんだろうけど、史上最高の自分でありたい。

 

だからまぁ、耒シーズンの始まりまでまた体を動かします。

今日の試合、負けて悔しいのって当然なんだけど、それ以上に自分がその力になれてないのが恥ずかしい。

もっとチームの力になりたいし、このチームで勝ちたい。

 

そういう風に思えたのはたぶん高校以来です。

どの未来か分からないけど、いつか俺が退団するときに寂しくて泣けるくらい、今のチームに気持ち入れていきます。

 

 

きっと青春が聞こえる

休日出勤後に爆速運転(ofcourse, followed the low)して音楽堂へ。二年ぶりだね。

f:id:hahahahasshy:20181125131733j:plain

14時過ぎに音楽堂前を通ったとき、めっちゃきゃぴきゃぴした女の子とかファンの人がたまってたからアウェー過ぎてなぜか通り越すマンwww
ちょっと時間潰して戻る。そして入場後にひたすら後ろの方で携帯いじるマン。

■入場直後
ぼく(おっ、あの後ろ姿(髪型)にファッションは…めちゃんこうめこしゃんっぽい)
ぼく(いやでもこれ違ったらやばない??恥ずかしない??)
ぼく(とりあえずTwitterで着いたで~アピツイや!)

これ、人見知り陰キャネット弁慶の行動。
でき女うめこしゃんはちゃんと拾ってくれて終演後に絡んでくれました。後述。

セトリを完璧には覚えられてないので、印象に残ったやつを何曲か。

ユメノトビラ~Musically S.T.A.R.Tあたりで思ったけど、笑うべき歌で常に笑顔なみのちかさんはマジで夏色えがお。アイドル。


Wonderful Rush、一時期はラ!で一番好きな歌だった。。
ももちゃんさん(さかなくんさん、的なやーつ!)のラップのところのはっちゃけてる感好きだった。。


とりあえずLOVELESS WORLD大好きマンなので、それ見れただけでも行った甲斐ある。。りんごさん曲だしね。。最後の鍵閉めポージング好きだわーー!

もぎゅっと“love”で接近中、音源はあっても自分で聞くことが滅多にないから久しぶりに聞いたね。。


4th以来かぼら見られてなかったから新メンバーの皆様方をほぼ知らなかったけど、ねうさん可愛い。。

ユニットはにこりんぱななかったのがちょっと残念。。しかし懐古厨として満足。。

スノハレはライブ版音源?かな??
イントロ長めで煽っていくのってDJやるときとかに使えそうだなってぼけーっと考えてた。。

後半は懐かしい歌多くて楽しかったーーーSUNNY DAY SONGは久しぶりに聞いたな。。

そんな感じ。。薄っぺらい感想ご容赦願い。。


終演後にうめこさんと合流。もとい初対面。
たぶんそうだろうなって思ってた方がやはりその通りでした。。お土産まで頂きありがとうございます。。
今年は橋本部屋の二人とも会えてないから、関西弁久しぶりに聞いた気がしてちょっとノスタルジー

オーバーサイズのコートめちゃくちゃお似合いでした。想像通りのうめこさん(?)

(敬称略)
うめ「あそこにいるのたぶんめるんご」
ぼく「やっぱりそうですよね!」
うめ「私はめるんごは間違えへんから」

そしてめるるさん現る。

める「ここ(うめめる)初対面」
ぼく「えっwww初対面なんですかwww」
初対面なのに間違えない強気うめこさんさすがっすねさすがっすよ。。

めるるさん、相変わらず可愛くて面白くて最高だった。。
わりーよもずりーよも最高だった、、、
ライブ中にメンバーが煽りに来る度に4thのめるるさんの煽り最高だったなってなってた(?)

そんでうめめるに煽られながらりんごさんとチェキ撮るマン。。

ポーズ考えてなさ過ぎた結果。

りん「めるるポーズで!」

にこにーポーズ≒めるるポーズ爆誕

そんな感じ。そこからはめるるさんの可愛いが爆発してた。
退場後はうめこさんのくっせぇラーメンが爆発してた。。

いやほんと、ライブと同じかそれ以上にお二人に会えるのを楽しみに行ってたから本当に嬉しかったです、、、ありがとうございました!
またどこか?遅くともかぼらファイナルで!

そんな感じで帰宅太郎。
帰って携帯見たら同期にご飯誘われてたからちょっと遊びに行ってた。
B-RAPハイスクールの軟式globeみて爆笑してた。

******************

話は変わり、JないだったりDJやることについて、かぼらのライブを見て感じたことを。

前々回のJないから、主催者をローテで回すようになっているんですが、現状vol.7がどうなるのかは全く未定です。
vol.1以降、ほぼ半年に一回年二回でやっていたので、結構違和感はある。

今は福岡を離れて地元に帰ってきてるし、だからjないやるとなると告知とか準備とかはネットでやれることしか基本的には協力できないので、やりましょう!って自分からは言いづらいしね。
なのでまあ、次回主催担当の動き出し待ちをしているんですが、自分で何かしたいなぁって。

ジャニーズに限らず、DJしたいんすよ。女性アイドルもアニソンもjpopもロキノンも、洋楽はあんまり聞かんけど、俺が好きな音楽これって主張したい。

主張したいんだよね、そう。

サッカーやるのも、DJやるのも、小説書くのも、自分を主張したいから。

ももちゃんさんが昨日、「ステージに立つってことに憧れてた」みたいなニュアンスを聞いて、一番腑に落ちた。

見られたい欲とかっていうより、自分がそれをしたことによって、誰かに何かを与えられるのなら最高じゃない?
もちろん自分が好きなことをやって楽しいっていう前提があった上で、それでもきついことがあったとしても続けられるのってそういうことでしょ。

職業アイドルがステージに立つのは仕事だから、じゃあコピユニだったり素人DJがそこにいるのって、それを見てくれる誰かに何かを与えられたらなっていう気持ちだと思うんだよね。。
頑張ろうって活力だったり、声援だったり、あるいはその歌を好きになってくれたとかそういう単純なもので。

主役は君と僕の脇役のいないストーリー、ってフレーズが死ぬほど好きなんだけど、主役が自分なんだから自分がそれを主張しなくてどうするのって話よ。

小学生の頃、「〇〇くんに憧れてサッカー部に入って、ポジションも同じところやりたい」って後輩に言われたのが、たぶん最初にそういう気持ちを持ったきっかけなのかな。

学生の頃は自分たちが主になって何かをやることがあっても、その中身は学校だったり大人だったりに決められて、自分たちが主張したいものを実際に披露する場って中々ないと思うんだけど、大人になってそれができるようになったんだから、それはやっていきたいよね。

大人になって始められる青春だと思うんだ、こういうものって。

自分のやることが、何か人にポジティブな感情、もしくは訴えかけられる何かがあるのなら、それを表現する場があればそこに飛び込むことを恐れたくはないよね。。

だからまあ、サッカー選手にはなれなくてもサッカーは続けるし、商業作家になれなくても小説は書き続けるし、ジャニーズには入れなくてもDJはやり続けます。。

そんで、自分が主張したくてやりたいことがあるのに、福岡で誰かが次回jないに向けて動き出すのを待ちきれないから、大分で少しずつ動き出し中です。
来春くらいには1つ形にしたいので、良かったら遊びに来て下さいまし。。


以上!!
Happy Groovyのダンス練習しよう!!やりたいこといっぱい!!!!

努力がないと楽しくない

いつもそうだった。

 

小学三年生になって、サッカークラブに入った頃。

幼稚園生の頃から遊びでボールを蹴っていて、同級生の誰よりも上手いと自信があった僕は、練習初日にそれを打ち砕かれた。

近隣の四校が合同のチームで、練習グラウンドがある小学校に通う子達は、二年生の終わり側から練習に参加していて、みんなうまかった。そして、僕は僕のいる小学校から最初に加入したせいで当時は周りに友達もおらず、寂しくて婆ちゃんに練習についてきて貰っていた。

上手くならないと恥ずかしい、みんなに追いつきたいという一心で練習をした。

気づいたら、自分の学年で最初にAチームの試合に出られた。

 

いつもそうだった。

 

小5の夏、「太ってスピードが落ちた」という理由でフォワードをクビになり、ディフェンダーの控えに転向した。代わりにフォワードに入ったのは、陸上オリンピック選手の弟で、本人も将来の国体メダリストだった。

自分が一番だと思っていた鼻っ柱をへし折られて、それから練習後に毎日4kmくらい走るようになった。

ディフェンダーとしてだけど試合にも出られるようになって、市の選抜にも選ばれた。

 

いつもそうだった。

 

中学生にあがって、市の選抜から外された。

小学生の時、選ばれた頃は「俺が一番下手だから頑張る」と言っていたのに、試合でスタメンで使われて、「俺は上手いんだ」と天狗になっていた。

落ちたことが悔しくて自主練の時間を増やして、チームメイトにも付き合ってもらった。

結果、市の選抜にも復帰して、チームも県大会で勝ち上がれて、日本代表候補のキーパーがいたチームにも競り勝てた。

 

 

いつもいつも、落ち込んで頑張って調子に乗ってまた落ち込むの繰り返し。

高校から先も同じ話だ。

 

結果が出ないから才能がないと思うこともあるし、失敗しても悔しいと思わないこともいっぱいある。

 

でも僕が、サッカーで結果が出なくて悔しいのはサッカーが好きだからなんだと思うんだ。。

好きじゃないことは悔しさも向上心もなく失敗したなぁで終わるけど、それで終われないのは譲りたくないからなわけで。

 

もちろん、今から俺がメッシやらマラドーナやらペレやらを超えて世界一のサッカー選手になれると思っているわけじゃないし、森重やら松田やらマルディーニより良いディフェンダーになれるともおもってないけど、でもやっぱり、それをまるっと認めることもできなくて。

 

少なくとも、頑張れているうちは誰にも負けない気持ちをもっていたいな、と。

 

サッカーだけじゃなくて、小説を書くにあたってもだし、そういうこと。

ジャニオタとしてはお金落とせてないからあれだけど、、、でもはしーもしめちゃんもマジリスペクトしてる。。担当、って言葉じゃ表せないかもだけど、俺が一番リスペクトしてっから!(謎)

 

そんな話。

要するに、好きなことに関して悔しい思いをするのは嫌いじゃないってことでした。

 

おしまい。

米村大滋郎についての備忘録

僕はとってある意味でだいぶ特別で特殊な人です。

 

僕は米村くんがジャニーズのいた頃のことは、正直ほとんど知りません。

リアルタイムでジャニーズは好きだったけど、地方のバイトもしてない部活生だったから現場に入ることもなく、DVDとか雑誌とか少クラとか、そういう世界だけで応援してたから。

それに、Question?自体は大好きだったけど、その中では藤家くんのファンだったから、正直米村くんに関しては、「Question?のギタボ担当」以上の何者でもなかった。

 

ただ、少クラでMy Wayを披露した頃。高校一年だったかな。

あれでちょっと見る目が変わったね。

それまではオリジナル曲も提供曲ばかりで、初めて米村くんが作った歌を聞いたのがそれ。

「かっこいい歌作るなぁ」っていうのが印象。だからと言って担当になったとか、そういうことはないんだけど、サッカーの試合前に聞く定番曲にはなったね。

 

あと、少クラでカバーしたみはりも似合ってた。

precious memoriesとかパラレルワールドとか、アイドルロックはそれはそれで好きなんだけど、でもやっぱり米村くんはそっちじゃないのかなって気が段々としていた。

 

一方で、Question?自体は内くんも入ってきて、いよいよアイドルに寄っていくし、どうするんだろうと思ってた矢先の退所。

 

だけどやっぱり、俺は担当でもないし、ちょっとかっこいいなと思ってたくらいだし、ジャニーズを好きになったきっかけのうちの一人である草野くんはデビューしたのの退所して、太陽も辞めちゃってたし、そういう世界なんだろうな、って終わってた。

 

セツナクルーズとして帰ってくるまでは。

 

今では普通にあるけど、当時の俺にとっては退所したジュニアが他でバンドを組んで、しかも全国流通のCDを出すなんてアリ?!って感じだったのね。

ワンオクもまだzeppとかでやってるような頃で今ほどの成功はないし、そもそも森内くんも一回デビューしてたわけだし。

 

だから、初出勤を買ったのも興味本位。

JUMPと都会が思った以上に良い歌で、やっぱり試合前だとか、受験前だとかに聞いてたね。高3の春。

ただやっぱり、それでも「米村くんの新バンドかっこいいな」で止まるわけさ。

根がジャニオタで、だからまぁ、他にもアンダーグラフとかZONEとかGOING UNDER GROUNDとか、当時からそういうのも好きだったんだけど、そこと同じ枠。

いい歌を歌うバンドだな、って。

 

そして、それからしばらくセツナクルーズのことは初出勤しか知らない状況。

今ほどツイッターも流行ってなかったし、そもそも辞めジュの活動も今ほど活発じゃなかったし、2枚目以降は話題にもなりづらいからね。

だから本当に、たまに初出勤を聞いていい歌だなぁ、くらいよ。

 

初出勤を聞き始めて、2年が経ちます。

YouTubeを漁っていたら、Over Driveを見つけてしまうわけだ。神曲

なんていうか、ごめん、うまく言葉にできないんだけど、これだなって思った。

 

風が吹いて君思い出して 風になって気分が良くて

誰が正しいとかなんて 夢中になって全部忘れろ

 

ここ聞いたときかな、一番ツボに入ったのは。

どうしてもその歌を作った「今の米村くん」、要は退所後のってことなんだけど、とにかくセツナクルーズの米村くんを見たくてたまらなくなって、見てみたら奇跡的に一週間後に大阪でライブがあると。

 

ライブハウスって、それまではQuestion?のライブでしか行ったことがなかったから少し怖かったんだけど、勇気を出して行ってみることにした。

自分が楽器やってるくせに、ライブハウスには行ったことがほとんどないっていうね、ウケるね。

 

それでまぁ、その日に生涯の友(予定は確定)なゲスちゃんと仲良くなれたのは一つ、米村くんのおかげだよね。

 

で、ライブは一曲目から激アツ。楽しすぎてビビった。

都会が最高だったね。JUMPはみんなが跳ねてるのを後ろから見てた。Over Driveは生で聞いても最高だった。

 

終わった後にさ、物販で米村くんが来るのを待って、最後の最後に並んでTシャツ買ったよ。今でも部屋着で着てる。デブったからピチピチだけど。

出待ちしてる時にさ、写真撮って貰えませんかってお願いしたら「恥ずかしいからまた今度ね」って。

でもそれが全然嫌な感じじゃないのさ。普通に話してくれて、でも譲らないところは譲らない感じ。

誰とも写真撮らないんだなって気づいたのはもっと後だったんだけど、そういう安売りしないっていうか、「昔ジャニーズにいた米村大滋郎」で売ってないのが、何かすげぇかっこいいなって思った。

 

これは俺の主観だから決して他の子をdisってるわけじゃないんだけど、その米村くんのスタイルが、「バンドマン米村くん」としてかっこいいなって。

音楽好きなのがめっちゃ伝わってくるからね。

そもそも、バンドがしたいだけならQ?に残ってれば良かったし、アイドルがしたいならバンドをしなくて良かったわけで、その中で今の道を選んだ米村くんは、ジャニーズアイドルとしてじゃなくて、人としてかっけぇなって。憧れたね、人として。

 

だからそれからは、割とセツナクルーズは見に行ってた。

東京に遠征したのはちょっとだけだし、他のファンの人からしたら全然なのかもだけど、俺は憧れてる米村くんの歌を聞きに行ってた。

 

「都会好きなんで、また聞きたいです」って言い続けたら、三回目くらいで「いや今日はマジでやるつもりだったんだよ、でもリハで曲が変わって、、、なあまっつん?」とかね。

ライブハウスでセツナの出番終わった後にバーカウンターで飲んでたら後ろから「最近調子どう?」って声かけてくれて、他のファンの子に話しかけられた後に「あの子たちとも仲良くしろよ!」って言われたこととか。

職場が福岡になって、あんまりライブに行けなくなるかもってなったことを伝えたら、「三年以内に売れるから待ってて」って言われたことも。

俺のケツ触りながら「女がよかったなぁ!」と大声で叫んだことやら。

 

生まれた町を離れてという大名曲。音源化されたら積んででも欲しい。

Communicationは名盤だし、就職で地元を発つ電車に乗った時は旅立ちの日にを聞いてたね。

filterがロッキンジャパンの特典CDに収録されたこととか。

ヨナサンラジオに、俺は行けなかったけど伝説のSacramento Sputnikとか。

 

忘れられないことばかりだね。

 

でも今、米村くんは会える場所にも話せる場所にも歌ってくれる場所にもいなくて、それが恐ろしく寂しくて、そういうものなのかなって受け容れるのもできなくて。

 

ただ、毎年誕生日やら年明けやらに動くツイッターの発言も信じてるし、「三年以内に売れるから」っていう予定が少し伸びてるだけなんだろうなと。

だからまた、気長にとは言えない短気くんなんだけど、いつか必ず米村くんの歌を聞ける日が来ると信じて待ってるわけ。。

 

「似合うじゃん」と言いながらにやけ笑いで米村くんに被せられて買ったキャップで寝癖を誤魔化しながらね。

 

変わらないよ僕

変わらないで君

ジャニオタがジャニオタと付き合ってから別れるまでの話

実話です。

 

大学に入ってすぐの頃、mixiなるSNSを始めた。

ちょうどモバゲー斜陽期で、少しずつFacebookmixiが流行り始めた頃だった。

Twitterは高校生の頃からやっていたけど、まだジャニオタにもそんなに普及していなかったから、オンライン上でジャニオタと絡むのはmixiがほぼ初めて。ちなみに、高校生の頃はたまにDecooリアル(懐かしい!)でたまにオタクを見つけてた。

 

mixiにはコミュニティっていう、所属している人が集まる掲示板みたいなやつがあって、そこのオタク部屋でよく友達募集をしてた。

男オタアピールを嫌悪している俺だけど、mixiは大元が出会い系だからプロフィールに性別が出るし、そうなると「男でそういう人珍しい!」と、結構友達申請やらメッセージやらが集まった。今でもそこで知り合った子と絡んだりするから、それはそれで感慨深いよね。

 

そしてまぁ、もちろんその中にジャニオタで未来の元カノ(ややこしい)もいたわけさ。

アイコンは自分の写真にしてたっぽくて、量産ではない綺麗なギャルって感じの子だった。

割とDDだけど、当時はV6の岡田担だと言っていた。他にも48系列が好きで、mixiのメッセージでたまにやり取りをしていた。

 

初めて会ったのは、彼女にJUMPの現場に誘われたから。

俺が薮くん好きなのを知っていて、彼女は「チケセンに知り合いいるから、たぶんいい席で入れると思う」と。当時はあまり気にしてなかったけど、これが俗に言うコネチケってやつの一端なのかな。

名義苗字は平成だった。

駅で待ち合わせた時に、「オタクっぽくないな」と思ったのが第一印象。少なくとも、メゾンドフルールのトートにうちわを入れるようなタイプではなかった。そしてバチバチの美人で、田舎の芋少年だった俺は死ぬほど緊張した。現場に入って薮くんを見るまでその緊張は無くならなかったし、席は花横でめっちゃ感動した。

 

そして次は半年後。東京に一緒に行くことになる。日生劇場で開かれた某舞台を見に行こうと誘われた。

大阪から飛行機で一緒に移動して、現場が終わると別行動して、空港で再合流。

今なら何それwwwって感じだけど、社会人になるまでは基本的にぼっち現場が多かったから、オタク友達ってそんなもんなのかなって思ってた。

 

次はジュニアが出てた映画。やってることは映画やら東京旅行やらデート感あってもおかしくないのに、内容がオタク過ぎて辛い。

映画が終わってスタバでお茶してて、会話のペースが意外と合うなっていうので少し気になり始める。

 

そしてそれからはちょくちょく飲みに行ったり、セクゾの握手会一緒に行こうと話してたらドタキャンでぼっちになったりと、まぁ普通に恋愛してた。

セツナクルーズ見に遠征したね、元々は米村くん担だったらしい。俺は事務所辞めた後の方が米村くん好きだったけど、彼女はそうでもなくて、一回くらい元担見て見るかって感じだったっぽい。

 

それでまぁ、彼女には当時長く付き合ってた彼氏が居たんだけど、結局別れるから付き合おう、ってなって付き合うことに。

そしてまぁ、付き合い始めの頃までは良かったんだけど、そこから話は転げていく。

 

彼女が韓流にはまり始める→ジャニーズへの熱量が冷める→会話が合わなくなる→よく分からない理由(今は誰とも付き合う気がない)でフラれる。

この辺、俺がメンヘラでみっともないから省略するけどこの流れね。

 

いや俺も韓流好きになれないかなって触手を伸ばして見たけど、やっぱり俺はそうはなれなかった。

ジャニーズブランドが好きなわけではないけど、韓流というジャンルを俺が好きになれなかったね。

 

そして別れた、、、というかフラれた後に気づいたこと。

 

・オタクと付き合うと別れた後に現場に入る友達がいなくなりがち

・チケットは自分で確保しよう!

・オタクに恋は難しい。

 

まず一つ目、「いや、彼女と現場行くから、、、」ってなると、他の友達も声かけてくれづらくなるわけさ。

そして彼女と別れたらこっちから誘うことになるんだけど、その頃にはその子も他に一緒に現場に入ることか見つけていがち。

つまりジャニオタと付き合うと、別れた場合はその本人だけを失うことは元より、周りにいる友達も離れがち。

 

次、これは俺が良くないけど、チケットを基本的に取って貰ってたから良席に慣れてた。

ジャニーズ以外は俺がチケット取ってたけど、この分業で結構目が肥えた感はある。贅沢は敵。

 

そして最後、やっぱりオタクに恋は難しかったね。

その後も何人か非ジャニオタとも付き合ったけど、現場に一緒に入るオタク友達とか、そうでなくても普通の女友達多いから、オタク趣味で語れる友達に異性が多いと、やっぱり彼女彼氏はあんまり理解してくれない人が多いね。

スケジュールも現場ありきになっちゃうし。

 

だからこう、結局オタク同士っていうのは俺にはもう難しいなって感じ。

そんなこと考える余裕がないくらい好きな人が出てきたら分からんけど。

今仲良くしてるオタク友達もTUTAYAでナンパした子とその友達だし、、、、

 

姉ちゃん以外に一緒に現場に行く友達を見つけ直せたのはその子と別れて2年後でした。

そういうリスク考えるとやはりジャニオタ同士、、、、難しいよね。。。

 

とかいう、まとまりのない意見。

ちなみにトラパラは最高中の最高でした。ーwith姉!