タイトルは尊敬するサッカー選手の一人、増田誓志の言葉。
いつもそうだった。
小学生の時にサッカーの市選抜に入り、市対抗戦(県代表選考会)もスタメンに選ばれたときに調子にのってると、中学では選抜に漏れた。
トイレで泣いて部活終わっても泣いて、でも選ばれなかったのは俺が下手くそだからって割りきって、それからは自主トレを死ぬほどした。
中三の時に選抜復帰して、高校では落ちることはなく一年のときから市選抜でもスタメンだった。国体代表にはひっかかりもしなかったけどね。
母親からは「小学生の時に『選抜のなかじゃ俺が一番下手くそだから』って言ってたのと、中学で選抜落ちた時に腐らず自主練してたのが嬉しかった」と高校生のときに言われた。
自分が下手くそなことが恥ずかしくて、悔しくて、だから見返してやる、選ばれてやるぞって頑張ることができた。
いつもそうだった。
高校三年の春、担任との二者面談で「阪大めざします」って話をしたと親に話したら、「俺に恥をかかせるな」と父親にキレられた。
姉が成績が良くて、それでも落ちたから弟のお前が敵討ちをしろ、みたいな感じで学校の先生たちは盛り上がってた。
でも、俺はまあ成績は並なので、親からはあんまり期待されてなかったというか、「どこかの中堅国立かMARCHくらいで御の字」みたいに思われてて、教育関係の仕事をしていた父親からすると、「どら息子がバカみたいな目標を掲げて受験失敗するのは恥」みたいなね。
そんなわけで、こちらもキレた。キレたけど、受からなければただのださいやつなので勉強した。
絶対に父親が卒業した大学よりも難しくて社会的評価高いところに受かってぐうの音も出させないぞ、と。
そんなわけで、D判定、時には一瞬E判定を貰いながらも半年でBまであげて、それでも阪大同じく志望にあげてた早稲田に落ちて泣いてたと。
阪大入試より前に早稲田の結果がでて、落ちた時には親からは「落ちて泣けるほどの勉強もしてなかったくせに」と言われた。
友だちからは「お前なら阪大に受かるから大丈夫や!お前を信じる俺を信じろ!」と激励された。
したらば奇跡的に受かったんすよ。まじで笑った。
自称進学校の母校のでは大騒ぎだったらしい。進路の先生からは10年語り継がれると言われて、合格発表の日に職員室が一番盛り上がったぞ、と。
一番嬉しかったのは、進路の先生が翌年に異動で父親と同じ職場になって、「息子さん阪大合格おめでとうございます!」って大きい声で言ってくれたらしくて、職場で「○○さんの息子は阪大らしい」って話になってちょっと鼻高々だった、って話。
お前が恥をかかせるなって言った息子のおかげでそうなれてよかったな!!って。
いつもそうだった。
大学四年の秋に、当時付き合ってた彼女から「漫画家になるためにはこんなことをしてる暇はないって気づいた」とふられた。
悲しかったけど、その子のおかげで俺もまた小説書こうと思えたから、「絶対にあいつが書くより面白い話を作ってやる」って書いたら、数年経って短編に載ったと。
悲しかったり悔しい気持ちを消化するために書いたものが、そうやって形になった。
いつもそうだった。
本当の意味でなにかを頑張ったり結果を出すためには、誉められて伸びるより、むしろ厳しかったり悔しかったり、マイナスな感情を糧にして頑張ることが多かった。
しんどいんだけど、でもその結果前に進めるんならその悔しさや悲しさにも意味を持たせることができるのかなとも思う。
就職活動の時に自己分析をすることが増えて、自分なりにそういう性格を踏まえて一つの結論が出た。
俺自身は自分に自信がなくて、だからこそ誰かに誉められたらめちゃくちゃ嬉しいんだけど、でも誉められたら調子にのるタイプでもある。
だからこそ、本当に好きなことだったり、負けたくないことに関しては、誉められるよりも叩かれて貶された方が、負けず嫌いな性格で「今に見てろよ!」と思えると。
ネガティブだから「今の俺じゃまだできないかもしれない、まだ失敗するかもしれない、負けるかもしれない、だからもっと頑張れば、いつかはやれる、できる」ってね。
自分に満足しないためのネガティブだと思ってる。増田誓志も同じ理由でね。
悔しさの賞味期限は長くない、っていうのはちはやふるの名台詞の一つだと思うんだけど、それに対する太一の答えと同じで、そういう悲しさや悔しさから逃げない人でありたいし、あり続けたい。
そんなことを思う、2021年冬。